SiCに関する技術情報
本格的な採用が始まるSiCデバイス
石田 のり子
昨今環境問題が大きく取り上げられる中、半導体エレクトロニクスの役割は非常に大きくなってきている。パワーエレクトロニクスが活用される場所として、「情報流」「物流」「エネルギー流」などをネットワーク化させるツールとして現在、産業用、医療、家電製品、電気自動車、電力、電鉄など広い分野への適用が期待されている。
電力損失が最も大きい電力変換器(以下、インバータ)/開閉器(以下、ブレーカ)動作箇所であり、電力損失を少なくするため細かく制御し効率的な利用をするために半導体が活躍する。
現在、シリコンのパワー半導体を利用したスイッチング素子であるMOSFET、IGBTと整流素子であるダイオードが採用されているが、より高性能化させるためにはシリコンは既に材料の理論限界に近づいていた。そのような中でシリコン材料に代わる半導体材料としてSiCやGaN基板をベースとしたワイドギャップ半導体エレクトロニクスが注目を集めることとなった。
マーケットが大きなサーバー電力、電気自動車/ハイブリッドカー、太陽光発電装置などで使用されるインバータは数百~1kV級であり、Siの耐圧と損失に対して極めて優れたデバイスを実現するSiCでの開発が進んでいる。さらにはスマートグリッドなどで使用される次世代高機能インバータとしてさらに重要性が高まっている。
ワイドギャップ半導体エレクトロニクスの基礎研究は1970年代後半より始まり2007年あたりから市場投入が始まった。現在日本企業において製品化をしているのはローム、新日本無線、三菱電機、東芝、富士電機デバイステクノロジー、安川電機などである。海外メーカーでは独Infineon Technologies AGや伊仏合弁STMicroelectronics社,米Cree,Inc.などが挙げられる。
表1: SiCパワーデバイス関連製品の発売状況
会社名 |
製品 |
発売 |
三菱電機 |
ルームエアコン |
2010年10月 |
ローム |
SiC製ショットキー・バリア・ダイオ ード(SBD) |
2010年4月 |
新日本無線 |
SiC製ショットキー・バリア・ダイオ ード(SBD) |
2010年10月 |
新電元工業 |
SiC製ショットキー・バリア・ダイオ ード(SBD) |
2011年夏ごろ量産予定 |
富士電機デバイステクノロジー |
SiC製ショットキー・バリア・ダイオ ード(SBD)搭載パワーモジュール |
サ ンプル展開中 |
Si-SiCハイブリッド・パワーモジュール |
2011年末までに量産出荷を開始する予 定 |
|
新日本製鐵 |
口径4インチのSiC 基板 |
2009年4月 |
今回、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)の先進パワーエレクトロニク ス研究センターセンター長 奥村 元 氏にパワーエレクトロニクスデバイスの現状と展望について話を伺った。
SiCはシリコンに変わるワイドギャップ半導体として期待される
SiCに代表されるワイドギャップ半導体パワーデバイスは、従来のシリコンパワーデバイスに比べて「動作可能な電圧が高い(高耐圧)」「損失が小さい(低損失)」「高速動作が可能(高周波動作)」「動作可能な温度が高い(高温動作)」などの特徴をもっており、これらが実現されることにより、最大のメリットとされるのが電源部分の小型化とされる。
また、こういった高耐圧、低オン抵抗、大電流、高動作速度、高破壊耐量、低インピーダンスなどの考え方は重電系の考え方にも通じると奥村氏は語る。
さらには電力エネルギー利用の高効率化、及びCO2を排出しない電力システムへの利用は期待でき、家電機器、電気自動車/ハイブリッドカー、太陽光発電装置の改善にもつながる。
また、発電所から消費者まで電力送電時のインバータ/ブレーカなどの革新と導入が必要な場所で、未だ活用されていない分野への採用が期待されている。
モータの消費電力は全消費電力の約50%を占めるように、いわゆる動力というものはかなりの電力を消費ことがわかる。しかし、産業用インバータの採用率は現在約15%程度にとどまっている。それはインバータ導入がコストアップと設置スペースが増してしまうためである。今後、インバータの小型化と低損失化ができれば搭載比率も増えると期待でき、出力パワー密度(W/cc)も大きくできるメリットが出てくる。
ワイドギャップ半導体を採用することにより、パワー素子電流容量についてもパワーデバイスの特性を活かせる100Aまでここ2~3年で開発できたことにより、最適なインバータを作り出すことができた。100Aというのはダイオードにおけるひとつの目安であると奥村氏が指摘した。
表2:ワイドギャップ半導体(SiC,GaN)の利点
損失が小さい |
低損失 |
グローバルネットワーク |
高速動作が可能 |
超高周波動作 |
衛星通信・放送 |
動作可能な温度が高い |
超高温動作 |
動作温度の上限が500℃~600℃にも達するため、冷却不要・遮蔽不要 |
動作可能な電圧が高い |
高耐圧 |
1kV以上に対応 |
|
シリコン |
SiC |
動作可能温度 |
150度まで |
200度以上でも可能 |
半導体性能指数(Johnson指数) |
1(シリコンを1と した場合) |
300 |
※半導体性能指数(Johnson指数:高周波パワーデバイスとしての性能を表す指数)の比較についてもシリコン(Si)に比べSiを1とした場合、SiC(大型バルク基板、縦型デバイス)は300やGaN(ヘテロエピ基板、横型デバイス)は760とはるかに高い数値を持ち合わせる。
電力変換に欠かせないインバータ技術による損失低減させるためのポイント
電力変換時の損失を低減させるためのポイントとなるのが、インバータである。このインバータがなければ電力制御などができない。インバータとは本当に必要な電力だけを使えるようにするための制御技術である。逆を言えば電力制御ができないことにより、変換時や開閉時に大きく電力を損失する形となってしまうのだ。いわゆるインバータとは速度可変が可能で、コントロール機能を持つものである。
そのため、インバータ/ブレーカなどの革新と導入が必要な場所で、電力が変換される場合のロスを改善する場合、「電力変換時のロス低減」「変換段数の低減」「負荷によらない変換効率」が重要となってくる。
ここでパワーデバイスの活躍の場として次世代インバータ応用に最適なパワーデバイスの開発が急がれているのだ。ワイドギャップ半導体パワーデバイスは、103kVA・500kHzまでの広い範囲に適用できる。
しかし、パワーエレクトロニクスはオン時には抵抗ゼロ(低損失)となり、オフ時には高耐圧となるが、これらは両立せず、トレードオフの関係となることも注意しなくてはならない。
小型化することによるメリット
低損失化による最大のメリットは、放熱部材の小型化、簡略化と高周波化による周辺部品の小型化による電源モジュールの小型化であり、各種製品への搭載比率も増えることが期待できる。さらに出力パワー密度(W/cc)も大きくできるメリットを持ち合わせる。
3300V MOSFETの例をとると、オン電圧はSiからSiCになることにより約1/200、厚さは約1/10、キャリア濃度は約100倍になる。
表3:3300V MOSFETの場合
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Si-MOSFET |
SiC-MOSFET |
性能比較値 |
オン電圧 |
250V@50 A/cm2 |
1.2V@50 A/cm2 |
約1/200 |
厚さ |
330μm |
30μm |
約1/10 |
キャリア濃度 |
ND=4×1013cm-3 |
ND=4×1015 cm-3 |
約100倍 |
表4:インバータの場合(体積は回路性能込みで1/30にできる)
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Si-IGBTインバータ |
SiC-FETインバータ |
横幅 |
350mm |
70mm |
縦幅 |
200mm |
80mm |
高さ |
100mm |
42mm |
表5:インバータの電力損失の低減(電力損失は半分程度までにできる)
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Si-IGBTインバータ+ Si-PIN |
SiC-FETインバータ+ SiC-SBD |
周波動作(スイッチング周波数) |
19kHz動作 |
40kHz動作 |
電力消費 |
404W |
216W |
SiCの問題点と今後の課題
SiCを利用すれば、シリコンに比べトータルとしてのインバータ損失は少なくなる。しかし低減できる部分は素子損失(素子抵抗減少、高速スイッチング)などで、その一方、素子以外の損失(寄生容量、配線など)は大きくなることに注意しなくてはならない。
また、ワイドギャップ半導体デバイス技術の課題としてはいくつか挙げることができる。ウェハの品質の安定化として欠陥制御、デバイス構造、モジュール構造、生産技術(大口径多数枚、均一性、再現性)の向上、歩留まり向上、信頼性の確保(実用上、コンタクト、配線、実装部分も含めた信頼性確保が必要であり、システム応用には信頼性の向上など依然、解決すべき課題は存在)やウェハ安定供給(SiC基板の低コスト化や大口径化などコスト削減)など様々な課題が残っている。
大口径化に向けては高速・高効率先端結晶加工技術(切断・研削・研磨)なども求められる。現在加工技術にはダイヤモンドを使用しているが、今後は放電加工も検討されている。
技術的な課題の中でも「信頼性(耐量・寿命)」「耐性」については特に自動車業界から極めて高い要求を受けているという。
パワーエレクトロニクスのロードマップ
また、パワーエレクトロニクスのロードマップの作成を考える際、通常、性能を表わすためには変換効率で表記するが、この場合将来予測を立てることが難しく、今後のリーディング指標として「出力パワー密度」が大切になると奥村氏は語る。この指標によりムーアの法則が見えてくるという。
現状SiC WGSでのインバータにおいてR&Dレベルで20 W/ccまで開発されており、今後2~3年で50W/ccまで高めたいと奥村氏は語る。
また、シリコン使用時の設計思想も大きく変わり、今後SiCパワーデバイスの採用が多くなれば、電力変換器を設計する際には「構造設計」「回路設計」「実装設計」の各設計が統合設計データベースとして蓄積されていたが、今後は全てトータルとして設計しなくてはならないという。
技術開発についても、「ウェハ・材料技術」「デバイス技術」「システム化技術」らは独立し開発を行っていたが、今後はこれらをつなぐための「つなぎの技術」が必要であり、全てが協力する一貫した総合的な取り組みが必要であるという。パワーエレクトロニクス応用による電力エネルギー制御である「エネルギーエレクトロニクス」が今後の省エネ、CO2排出削減を加速させ、21世紀社会の持続的発展に必要なパワーエレクトロニクスのキーコンポーネントは「パワースイッチングデバイス」とした。ワイドギャップ半導体パワーデバイスパフォーマンスは既に実証されており、SiC材料はパワースイッチングデバイス応用に極めて有望な材料である。しかし、信頼性の確保などの依然として存在する課題について改善を急ぐ。
社会システムの中における役割
ワイドギャップ半導体パワーデバイスは次世代インバータ応用に最適で、その早期開発が国際競争力強化のポイントとなるため、経済産業省においても2010 年度から「低炭素社会を実現する新材料パワー半導体プロジェクト」を開始しており、また業界団体としても「SiCアライアンス」が立ち上がっており、今後さらなる積極的な業界発展に寄与することが期待される。
- 2020年10月22日
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