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SiCに関する技術情報

研磨材から半導体へ-SiC青色発光ダイオードの時代(池田光志)

SiCは現在、高性能パワーデバイスとして商品化され、実用化フェーズを迎えようとしており、素晴らしい成果だと思います。大部分の方は御存知無いと思いますが、SiCはパワーデバイスの前に青色発光ダイオードとして研究開発された時期があり、半導体としての有用性がその時期に認識されました(1)。松波先生の下で半導体としてのSiC研究開始時期に研究に携われた者の一人として、SiC青色発光ダイオードについて回想し、同様に青色発光ダイオードとして研究されノーベル賞を受賞したGaNと一部比較して歴史を振り返り、ご紹介できればと思います。

 私は1975年に京大田中研究室に入れていただき、松波先生の下で修士学生として博士課程の鈴木さん(元・立命館大学客員教授、現・JSTスーパークラスタープログラム(京都事務所)戦略ディレクタ)の指導のもとでSiC研究を開始しました。当時、日本でのSiC研究機関は多くなく、京大の松波先生が中心で、無機材研も研究していました。松波先生は1960年代末より(1) SiC研究を開始され、今日まで継続してSiC研究開発を指導牽引しておられます。当時は、結晶成長は、昇華法(Lely法)が中心で2200℃付近の高温成長で結晶多形の制御も困難であり、またAlによる低抵抗p型ドーピングも困難という状況で、半導体としては確立されておらず、研究も下火になり始めるという状況でした(1)

 鈴木さんが、Si融液にSiC結晶を液面に垂直に保持するディップ法エピを研究し、良好なエピ結晶が得られましたが(2)、まだエピ厚に分布がありました。それから、液深さ方向の温度分布により膜厚分布が発生すると考え、液面に平行に基板を保持した所、均一な膜厚の鏡面成長が得られました(3)。均一な膜厚で種々の評価を行い、N不純物の低減及びSi融液中へのAlアクセプタ添加、雰囲気へのN2添加により、低濃度からn+、p+まで広範囲の不純物濃度と低抵抗のn型、p型結晶が実現できました(3)。基板は研磨材用の6H-SiCを使用し、多形は維持されていました。後に15R-SiCでも多形が制御できることを確認しています。

 従来無かった良いエピ膜の成長ができたことを皆さんが大変喜んでおられましたが、素人の自分が担当して比較的初期から良好な平面エピ膜成長が得られたのは幸運だと思います。難しかったのは基板の研磨で提供いただいた研磨材用のアチソン法の塊から晶癖のよい部分をハンマーで割って取り出し、手で朝から晩まで一週間ほど研磨しましたが形が変わらないことであり、見かねた松波先生が電動研磨盤を購入され、研磨ができるようになりました。

 当時の青色発光ダイオードはSiC、ZnSe、GaNの三つ巴で、GaNはその当時東京松下技研に居られた赤崎先生が開始されていましたが、まだ結晶成長に苦労されている状況で、p型はできませんでした。ZnS、ZnSeは東工大 柊元先生が研究されていましたが、p型ができなくてMIS型の注入でLED発光を研究していました。GaNについては気体元素で抜けやすいNの空孔がドナーとなるためp型はできないと考えられており、1975年に究極の対策として超高圧1万気圧のN2ガス中でのエピ成長が行われましたが、多結晶で高抵抗のp型しかできないという報告があり、原理的に難しいと判断されたためか、以降p型GaNの報告は無く、停滞しました。14年後の1989年に天野先生が電子ビーム励起発光の実験でp型形成を発見され、この後わずか5年で青色LED及びレーザーの製品化が実現し、p型ができることが決定的に重要だったことが推測されます。

 SiCは液相成長では比較的容易にエピ成長できましたが、気相成長による多形制御は難しいようで1987年に黒田さん、松波先生、木本先生(4)がステップ成長による多形制御を発表され、確立しています。3C-SiCでは西野先生、松波先生(5)が1980年、1981年にスパッタSiC、低温炭化Si等の低温バッファ層を用いてSi基板上のヘテロエピ成長を発表され、同様の低温バッファ層を用いた1991年のGaNの良質ヘテロエピ成長よりも先行しています。

 エピ成長、p型、n型制御ができたことより、青色発光ダイオードを試作しました。p層は濃紫色で発光を吸収するためn層を表面側にしますが、研磨材のSiCはn+でp型基板が無いため、最初にAlドープp層を形成し、次にp型エピ層の一部を隠してn層を成長してpn接合を形成しました。鈴木さんが、電極形成、評価をされ、きれいな青色で発光し、量子効率も世界最高レベルであることを確認しました(3)。横方向電極で大電流が流せないのでp型基板が欲しいということで世界中の有名なSiC研究者に基板を提供していただけないかと無謀なお願いをしたところ、アメリカ、ドイツ、ロシアの高名な研究者よりLely型の結晶を頂けましたが、可能性のある発表をしたということで援助していただけたのかと思われます。少数のp型基板もあり、その上にp層、n層を補償法で連続成長し、シリーズ抵抗の小さなpn接合ができました(6)。応物学会で明るい青色LED発光をデモしたところ会場がどよめくという反響がありました。

 LEDの発光機構を研究するために、p型、n型、無添加用の黒鉛ルツボを3つ円状に配置し、また添加不純物を固体化して良好な界面のp型、n型層を独立に制御できるようにしました。修士の早川さん達が担当し、n層のアクセプタとしてAl、Ga、Bを添加し、不純物量を変化して研究し、室温付近で主にn層領域で発光し、主要な発光は伝導帯-アクセプタ遷移で、ドナー・アクセプタ対発光、自由励起子発光、欠陥準位の発光があることを確認しました(7)

 この後、三洋電機の中田さん達が青色LEDの開発を行い、効率を改善して製品化まで実現され、SiCの実用性を世の中に示されたのは素晴らしいことです。京大のLED研究を参考にしていただいたということです。競合のZnSe、GaNはp型ができないということでMIS構造を採用し、電流が流せないため明るさは実現できず、この時点ではSiCがかなり先行していました。

 松波先生が、SiC青色LEDを国際会議で報告するとともに(6)、米国のノースカロライナ州立大学でSiC研究のきっかけを作り、これを元にノースカロライナ州立大学からCREE社が生まれたということです。SiCが青色LEDで成功しなかったのは、間接遷移型で効率を上げにくいという材料物性によるところが大きいと思います。

 SiCのもう一つのトピックスとして、SiCの多形では一種類の不純物が一つの結晶の中で複数の不純物準位を取ることを確立したことがあります(表)。SiCにはc軸方向の周期が3層周期の3C(cubic)的な格子位置と2層周期の2H(hexagonal)的な格子位置があり、不純物がどの格子位置に入るかで異なる不純物準位を取るためです。表に示すように3C、2H位置の数の比は4H、6H、15R-SiCでそれぞれ、1/1、2/1、3/2です。SiCの主要な発光はドナー・アクセプタ対発光ですが、アクセプタ濃度を増やしたり、励起光強度を下げると消失していく系列と残る系列があり、系列の発光強度が、ドナーの多形格子位置の数に比例することを明らかにしました(8)。更にアクセプタについても、伝導帯-アクセプタ間の発光が2つの系列に分離され、2つの系列の発光強度比が多形格子位置数の比に比例することを発見し、アクセプタも同様に3C位置と2H位置で異なる不純物準位を取ることを明らかにしました(8)

『研磨材から半導体へ-SiC青色発光ダイオードの時代』の画像

当時、一つの元素が複数の異なる不純物準位を取るという報告はありませんでした。自由電子モデルでは電子波は広く分布していると考えるため不純物準位は当然一つになります。イオンコア領域を考慮する量子欠損モデル(9)によればSiC中の不純物の電子状態はある程度局在化しているため、結晶格子位置により異なる電子状態を取ることが可能と考えられます。このモデルでは不純物準位を決めるのは有効質量と比誘電率であり、表に示すようにアクセプタ準位については3Cと2Hの比誘電率の比で説明できました。ドナー準位は電子の有効質量による可能性が高いのですが2Hの有効質量の値は測定されていないため、バンド計算を発表している外国の研究者に有効質量を計算してもらえないかとお願いしたところ、ご好意により計算していただけ、表のように計算値(有効質量/(比誘電率)2の比)と実験値がかなり一致し、有効質量で説明できることがわかりました(8)。電子の有効質量が重要ということは一般的に認知されているようで、ドナー準位と伝導帯の異なる谷の有効質量が関連づけて議論されています。

 置換する格子位置で電子が異なるエネルギー状態を取るということはSiCの多形が、局所的な電子状態を形成して物性に影響をするということを示しており、これをうまく制御し利用することが、SiCのデバイス特性及び製造プロセスの制御に重要と考えられます。また、ある意味の超格子的積層構造により発生していることになり、現在の超格子の先駆けという意味もあるかもしれません。

 以上のように1980年頃に、エピ成長、低抵抗p型、n型の制御、LED試作、熱酸化膜マスクの気相ガスエッチ(10)、格子位置依存不純物準位の確認、発光機構の確認等により、研磨材的な材料であったSiCが半導体として使用できることを明らかにすることにより、日本、アメリカのメーカーに半導体として使用できるという認識を持っていただき、商品化を実現していただけたということがSiC半導体の黎明期を形成したのではないかと思います。松波先生がLEDよりハードルが高いパワーデバイスの研究・開発にさらに注力され、木本先生、大学、産総研、メーカーの方々の御努力により数々の課題を解決されて、SiCパワーデバイスが発展、製品化されたのは素晴らしいことだと思います。

 今後のSiCの事業化を成功させるためには、材料の特性を活かすことが重要だと考えられ、低抵抗p型、熱酸化膜等の特徴を活かせればうまくいくのではないかと思われます。事業化を成功させるにはコストを含め、いくつかの課題を解決することが必要と考えられますが、現在の強力な体制での皆様の開発によりさらに成功し、広く応用されることを期待させていただきたいと思います。

 松波先生にはこれまでと同様に今後もSiC開発及びアライアンスをリードしていただき、SiCパワーデバイスの省エネによる社会貢献の拡大に向けてご指導いただきたいと考えます。

平成26年12月22日 (月)

技術研究組合 次世代パワーエレクトロニクス研究開発機構 (FUPET)
   総務担当部長  池田光志

 

    参考文献

(1) 松波弘之、朝日賞受賞講演会資料集2013年3月15日;朝日新聞2013年1月1日.

(2) A. Suzuki, M. Ikeda, H. Matsunami and T. Tanaka, "Liquid-phase epitaxial growth of 6H-SiC by vertical dipping technique", J. Electrochem. Soc., vol. 122, p.1741, 1975.

(3) A. Suzuki, M. Ikeda, N. Nagao, H. Matsunami and T. Tanaka, "Liquid-phase epitaxial growth of 6H-SiC by the dipping technique for preparation of blue-light-emitting diodes", J. Appl. Phys., vol. 47, p.4546, 1976.

(4) N. Kuroda, K. Shibahara, W. Yoo, S. Nishino and H. Matsunami ,"Step-controlled VPE growth of SiC single crystals at low temperatures", Extended Abstracts 19th Solid State Devices & Materials, p.227,1987;
H. Matsunami and T. Kimoto "Step-controlled epitaxial growth of SiC: High quality homoepitaxy", Materials Science and Engineering: R: Reports, vol. 20, p. 125, 1997;
T. Kimoto, A. Itoh and H. Matsunami, "Step-Controlled Epitaxial Growth of High-Quality SiC Layers", physica status solidi (b), vol. 202, p. 247, 1997.

(5) S. Nishino, Y. Hazuki, H. Matsunami and T. Tanaka, "Chemical Vapor Deposition of Single Crystalline β-SiC Films on Silicon Substrate with Sputtered SiC Intermediate Layer", J. Electrochem. Soc., vol. 127, p. 2674, 1980;
H.Matsunami,S.Nishino and H.Ono, "Heteroepitaxial Growth of Cubic Silicon Carbide on Foreign Substrates", IEEE Trans.Electron Devices, vol. ED-28, p.1235, 1981;
S. Nishino, J. A. Powell and H. A. Will, "Production of large-area single-crystal wafers of cubic SiC for semiconductor devices", Appl. Phys. Lett., vol. 42, p. 460, 1983.

(6) H. Matsunami, M. Ikeda, A. Suzuki and T. Tanaka,"SiC blue LED's by liquid-phase epitaxy", IEEE Electron Devices, vol.24 , p. 958, 1977.

(7) M. Ikeda, T. Hayakawa, S. Yamagiwa, H. Matsunami and T. Tanaka, "Fabrication of 6H-SiC light-emitting diodes by a rotation dipping technique: Electroluminescence mechanisms", J. Appl. Phys., vol. 50, p.8215, 1979.

(8) M. Ikeda, H. Matsunami and T. Tanaka" , Site effect on the impurity levels in 4H , 6H , and 15R-SiC", Phys. Rev., Vol. B 22, p.2842, 1980.

(9) H. B. Bebb and R. A. Chapman, "Application of quantum defect techniques to photoionization of impurities in semiconductors", J. Phys. Chem. Solids, vol.28, p.2087,1967

(10) 小林、池田、西谷、松波、田中、 "SiCの塩素・酸素ガスによるエッチング"、1979年春季応物講演会, p.569.